Concept

誰しも、景観に接して心や思考や感情が反応した経験をもっているでしょう。わたしたちは景観によって、自分たちが生きている環境の意味や価値を感じ、理解しています。いいかえれば、人間は景観を介して、身のまわりの環境とコミュニケーションをとりながら生きています。そして、他者との豊かなコミュニケーションが人生を豊かにしてくれるように、環境との豊かなコミュニケーションもまた、わたしたちの生活と心を豊かにします。

社会基盤学(土木工学)は、文明社会の要請に応じて環境を改変し、創造するための技術体系です。その目的はもちろん、人間が豊かに生きることのできる環境を整えることにあります。ですから、かりに個々の技術がどれだけ優れていようと、その技術によって改変された環境とわたしたちとのあいだに豊かなコミュニケーションが成立しなければ、成功とは言えません。

では、人と環境との豊かなコミュニケーションとはなにか。それをとりもつ景観とはどのようにあるべきなのか。いうまでもなく、単純に景色としての見た目の美醜問題には還元できません。もっと深く、人間が生きるということの本質に根ざした問題です。そこに、景観研究の知的なおもしろさの根源があります。

当研究室は、景観という切り口から、人間との豊かなコミュニケーションの可能性を宿す環境の創造を、そのための思想と方法論を見いだすことを、目指しています。学術研究(=論理、言葉)はそのための重要な方法ですが、劣らず大切にしているのが、デザイン(都市空間、土木施設)とまちづくりの実践活動です。環境とは、人間の現実の生きざまが社会化・空間化したものです。それを改変し創造するための思想と方法論は、観念的な論理のみからではなく、現場という豊潤な現実世界から汲みあげられねばなりません。

少子高齢化と人口減少に悩む過疎の農山村。津波に飲まれて瀕死の重傷を負いながらも再起へともがく海辺の集落。城下町の面影を色濃く残し、その伝統文化を次代に継承しようとこころざす町。脱皮と新陳代謝を図って過酷な国際競争の波をのりきろうとする過密都市。かかわる現場はさまざまです。しかしいかなる現場であれ、われわれの動機と行動原理はいたってシンプルです。よいデザイン、よい景観は、人の心を、生活を、より豊かにする。それを信じて、個々のまちづくりの現場に身を投じ、汗を流し知恵を絞ることを厭わない。

志を共有してくれる若者の参画を、期待しています。

2013年12月
中井 祐

景観研究室二十周年に際して

いまから二十年前、工学部一号館の四階、狭苦しく窓もない倉庫のような部屋に、景観研究室の表札が掛けられました。当時の土木界にはまだ、景観という価値を主張してもまともに相手にされないような雰囲気もありましたが、研究室には、はぐれもの集団にありがちなある種の気概が、学生たちがふかす煙草の煙とともに、充満していたように思います。

以来、大黒柱の篠原修先生を中心に、斎藤潮先生、天野光一先生、石井信行先生がいまに至る研究室の基礎を築き、そこに内藤廣先生が新しい血を注ぎ、福井恒明先生や川添善行先生がさらに活動の幅を拡げ、その間、研究室を卒業した人材は延べ235名を数えます。また全国19の大学で、中村良夫先生や篠原修先生の学恩を受けた教員が教鞭をとっており、その教え子たちを含めれば、人材の裾野の広がりは、二十年前に比して隔世の感があります。景観という価値も、広く認知されてきたように思います。

あわせて、時代の状況もおおきく変わりました。かつて景観デザインのメインテーマであった橋梁や道路、河川等の土木プロジェクトは激減し、一方で、都市再生や地方都市のまちづくりへの参画が求められる機会が増え、土木景観分野が貢献すべき社会的課題は、より総合的、包括的な様相を呈しています。また、大学をとりまく状況は年々厳しさを増し、大規模な改革も進んでいくなかで、今後もこれまでと同じように人材の裾野が広がっていくかどうかは不透明です。近代以来の日本の成長発展を支えてきた種々の制度や価値のフレームにも疲労の色が見えはじめ、時代の行く先は見通しにくくなっています。

しかし、日本の風景を、町をよりよくしたいという素朴な志、そのためにこそ景観の本質を追究するとともに、その思考を実践に還元していく、という景観研究室の発足以来のスタンスは、時代がどのように動こうとも、常に立ち戻ることのできる原点です。原点があることの心強さ、それが、篠原先生はじめ、景観の黎明期に道を拓いた先生方、そして景観研究室を築いてきたすべての方からの、われわれ後進への貴い贈り物なのだと、あらためて感じます。

鈴木忠義先生が東大土木に戻られてからおよそ半世紀、研究室OBを含め、景観を学んだ多くの中堅若手が、社会で活躍しはじめています。この人材の広がりにさらに厚みを加えられるかどうか、さらにそれを現実の風景に結実させられるかどうか、次の二十年で問われます。研究と実践を展開し、誇りをもって生き生きと暮らせる魅力的な町、地域、国土の実現に寄与していくことで、これまで研究室に関わり、支え、育ててくださったすべての方はもちろん、52年前に東大土木に景観という種を植えてくださった鈴木忠義先生、その種が芽を出し苗木に育つ過程を温かく見守り、支えてくださった八十島義之助先生、中村英夫先生の芳恩にも、お応えしていきたいと思います。

2013年11月1日
景観研究室を代表して
教授 中井 祐
※景観研究室20周年記念冊子(2013)の巻頭文を転載しています